トポグラフィックな投射(topographic projection:地理的投射)

 発生過程において正確な神経回路網を形成することは、高次の神経機能を発現するための構造的基盤となっています。ある神経細胞集団が軸索を伸ばして標的となる細胞集団に神経結合を作る(投射するという)ときにしばしば見られる様式が、トポグラフィックな投射と呼ばれるものです。トポグラフィックな投射においては、ある神経細胞集団から発した軸索はお互いの位置関係を保ったまま投射し、標的細胞集団とシナプスを形成します。あたかも個々の神経細胞は集団内の自分の位置を知っているかのようです。このようなトポグラフィックな投射がどのようにして形成されるかを明らかにすることは、正確な神経回路網がどのようにしてできるのかを知る上で、非常に重要なテーマです。トポグラフィックな投射の研究において、非常に有用な系として用いられているのが網膜視蓋投射系です。

網膜視蓋投射(retino-tectal projection)

 目によってとらえられた視覚情報は網膜上に投影され、神経細胞により電気的信号に変換されます。この信号は視神経を通って脳にある視覚中枢の視蓋(注1)に伝達されます。このとき、網膜上の像はその形を保った状態で視蓋へ伝達されます。これを可能にしているのが網膜の神経細胞(網膜神経節細胞:retinal ganglion cell)から視蓋へのトポグラフィックな投射です。網膜視蓋投射系においては、鼻側(前側)網膜神経節細胞が視蓋の後側に、耳側(後側)網膜神経節細胞が視蓋の前側に投射します。また背側視神経は視蓋の腹側に、腹側視神経は視蓋の背側に投射します。全体として、網膜神経節細胞は網膜における位置関係を保った状態で視蓋へ投射します。
 目は体の表面にあるので、実験操作が容易に行えます。このため、網膜視蓋投射系は半世紀ほど前より盛んに研究されてきました。その結果、トポグラフィックな投射だけでなく、神経回路網形成における様々な現象について多くの重要な知見が網膜視蓋投射系の研究より産み出されてきました。つまり網膜視蓋投射系は、神経回路網がどのようにして形成されてくるかを理解する上で、非常に良いモデル系ということができます。
注1:視覚中枢は、鳥類、は虫類、両生類および魚類では視蓋と呼ばれます。また哺乳類で視蓋に相当するのは上丘です。

トポグラフィックな投射を支配する領域特異性

 前述のように、網膜の前側、後側、背側、腹側の神経節細胞は、それぞれ視蓋の後側、前側、腹側、背側に特異的に投射します。このような領域特異的投射(トポグラフィックな投射)は、投射を制御する分子の発現量が、網膜の前側と後側、また背側と腹側で異なることにより起こると考えられています。つまり前側と後側を結ぶ線(前後軸)に並んだ神経節細胞について見た場合、投射に関係する分子の発現量が前後軸に沿って勾配を示すということです。一方、これら網膜に発現する分子と反応する分子(リガンド)が視蓋においても勾配を持って発現します。その結果、神経節細胞から発した視神経軸索は視蓋上に到達すると、上記の分子間で相互作用が生じ、その反応性に従って視神経軸索は伸長を調節し、視蓋上の適切な場所に投射すると考えられます(下図)。
 
 ところで発生過程を追ってみると、これらトポグラフィックな投射に機能する分子が発現してくる以前に、網膜(及び視蓋)においては、既に様々な領域特異的な(前後軸及び背腹軸に沿って勾配を持って発現する)遺伝子の発現が見られます。そして、これら領域特異的に発現する遺伝子が投射に機能する分子の発現を制御していることが徐々に明らかになってきました。従って領域特異性は、発生のごく初期からの複数の領域特異的な遺伝子発現の連続(遺伝子カスケード)によって形成されており、その最下流部に位置する投射を制御する分子の発現により領域特異的な投射が導かれると考えられます。しかしながらこれまで、どのような遺伝子カスケードが存在し、それらがどのような関係で機能することによって網膜視蓋投射系が完成するかについては、ほとんど明らかにされていませんでした。この原因として、領域特異的に発現する遺伝子の網羅的探索が困難であり、遺伝子カスケードを形成する分子群の同定が不十分であったことが挙げられます。
 そこで我々は、RLCS法を用いて、ニワトリ網膜において領域特異的に発現する分子の網羅的なスクリーニングを行いました。その結果、これまでに領域特異的に発現する多数の分子を同定しました。これらの分子の解析を進めることにより、トポグラフィックな投射を支配する領域特異化の全体像が少しずつ明らかになってきています。

ニワトリの網膜視蓋投射

 ニワトリは発生学的な研究に非常によく使用されているモデル動物です。その基本的な発生メカニズムは哺乳類のものと同じです。さらに網膜視蓋投射の分子機構は、哺乳類のものとほぼ同一であることが知られています。ニワトリは卵の殻に窓を開けることにより、胚の観察や操作が簡単にできます。また目が大きいため、網膜視蓋投射の研究を行う上で非常に便利です。さらに、近年の分子生物学的実験手法の開発(レトロウイルスやエレクトロポレーション)により、特定の遺伝子の機能を調べることがたいへん容易になってきました。このような利点から、我々はニワトリを研究材料として用いています。また同時に、マウスを研究材料として用いることにより、ニワトリでは困難な解析や鳥類と哺乳類の比較などを行っています。

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